2026/10/19 23:05

各自で本を読む会「朝の間」について

今年の5月にTe La Mondoがオープンしてから、「朝の間」(ときに「夕の間」)という読書の会を、毎月開催しています。

「朝の間」(「夕の間」)って何のこと?

ざっくりいうと、「店に集まり、各自で読書をする」という会です。簡単な自己紹介や本の感想などを言い合う時間も少しありますが、2時間のうちの1時間半は、皆が黙って本を読んでいます。主催している自分も、紅茶を淹れていない間はカウンターのなかで読んでいます。大変シンプルなイベントです。

「朝の間」をやろうと思った理由

このような、いわゆる「積読読書会」のイベントをやろうと思った理由は、いくつかあります。

①いつもと違う読書は、楽しい

まず何よりも、京都で「畳でじっくり本を読む」という会(詳細はこちら)に参加してみて、思っていた以上に読書がはかどって楽しい体験だったこと。行く前に本を選んで、会場に足を運んで、他の人たちと集まって、そしていよいよ本を読む。そんなひと手間、ふた手間を経ることで、本を読むという体験が、ひとりで読むときよりも印象深く特別なものになることを感じたからでした。

②ぽっと出の世話焼きとして

最近の書店にはカフェを併設しているところが多くあります。蔦屋書店や文喫などが、有名かもしれません。

現代は、人々のアテンションをさまざまなコンテンツや活動が奪い合っているために、読書に集中できる(していい)時間や場所がもはや貴重なものになりつつあると感じます。

そんななかで、本を読める時間や場所を本と一緒に提供することは、こういった商いの仕方にも似ているように思います。

モノがひとの手に渡ったあとの時間の流れに目を向けることで、購入したモノを生活に迎え入れた人が、よりモノに愛着が湧くのだとしたら、だいぶ素敵なことだと思います。

とはいえ、「本屋なので本を売ることに専念する。お客が本を読む時間には関与しない。」という硬派なスタイルも、好きだったら読むんでしょ?と、信頼されているようで嬉しい。

一方で、「買った本、ここでお茶しつつ読んで帰ったらどうですか」という世話焼きなスタイルの店があるのもまた、ありがたい。

Te La Mondoは、本屋を名乗るにも至らないぽっと出の小店です。ぽっと出だからこそ、自由に動けるのが(たぶん)いいところです。今は、(自分が)一旦「世話焼き」を追究してみたい気持ちなので、そうしています。

③読書会、を杖として使ってもいいはず

当たり前ですが、本が好きな人が、誰しも「読書会」という形式を好むわけではないと思います。

「本はひとりで黙々と読むものだ」
「本を読むために1200円を払うくらいなら、そのお金で新しい本を買う方がいい」
「心からの本好きなら、ひとの力を借りなくても本を読めるはずだ」

いろいろな意見が思い浮かびます。自分自身も、まがりなりにも「本来的な読書とはこうあるものだ」いう基準があります。

確かに、余裕があるときや体力があるときは自分のイメージ通りに読んでいられるし、それで得られるものがあるのですが、反対に本を読めなくなるときのパターンを思い出すと、(自分で自分に課したはずの)「義務」や「理想」にがんじがらめになって、肩に力が入ってしまっていることが多いです。

つまり、自分にとって、読書を進める推進力となる「思い」は、逆に読書をさまたげることもある、表裏一体の存在です。

そんなときに、一旦その肩の荷をおろして、気軽に読書を再開できる場所があれば、また調子も戻るかもしれません。

「朝の間」は、読書のリハビリやトレーニングをしたい人にも役立つかもしれないと思っています。

「朝の間」をよろしくお願いします

さて、ここまで長々と書いてきました。参加したことがない方には、やっぱり「集まって本を読むことの一体何がそんなにいいのか?」と思われると思いますが、もうそこは体験あるのみです。

毎月1回くらいのペースで開催していますので、お時間が許せば、ぜひ一度参加してみてください。

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